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佐賀地方裁判所 昭和30年(ワ)363号 判決

原告 木田ウタ 外一名

被告 天山製氷株式会社

主文

被告は原告等に対し、各金五万円を支払え。

被告は原告ウタに対し、同原告所有にかかる武雄市武雄町大字武雄五、五七八番地の六の宅地に面する被告所有の同所五、五七八番地の八、地上に建設しある製氷工場西側屋根の、別紙青写真に図示する部分に別紙仕様書二、記載のとおり雨樋を設置せよ。

原告等その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その二を原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告は、一、原告等に対し、武雄市武雄町大字武雄五、五七八番地の八に建設してある被告所有の製氷工場につき、別紙仕様書(一)、のとおり騒音防止の工事をなせ、二、原告等に対し各金二十一万円を支払え、三、原告ウタに対し、同原告所有に係る同所五、五七八番地の六に面する前記製氷工場西側屋根に別紙仕様書(二)、のとおり雨桶を架設せよ、四、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに右第二項について担保を条件とする仮執行宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、

原告ウタは昭和二十六年十一月武雄市武雄町大字武雄五、五七八番地の六に木造瓦葺居宅建坪十九坪の家屋の所有権を取得し、爾来夫、原告梅太郎と共にこれに居住しているものであるが、

一、被告は昭和二十八年八月頃原告ウタ所有の前記家屋敷地の東側に隣接する同所五、五七八番地の八地上に製氷工場を建設して操業を開始したが上記建物は原告等の居宅と僅少の距離が存するのみであるため、操業に伴う電動機等の音響が昼夜連続侵入し、これにより、原告等は日常の事務に支障を生じ、且つ夜間著るしく安眠を害されて、血圧の上昇、消化作用の抑制等生理衛生上、害悪を蒙つている次第であるから被告は原告等に対し、右音響による原告等の居宅所有権又はその占有に対する妨害を除去するため、相当の施設をなすべき義務がある。

ところで、被告製氷工場機械室内の騒音の大きさは凡そ八十ホーンであり、右機械室内の音の大きさを六十ホーン程度に下げ同室内の共鳴を防ぐ等の施設を講じ、以て右音源外部の原告ウタ所有の前記居宅敷地と被告所有の前記宅地との境界線上における音量を五十ホーン以下に止めるならば、原告等居宅八畳(原告等の客間兼寝室)における音量は一般に許容騒音度とされている三十デシベル程度に防止しうるので、これがため別紙仕様書(一)、(附属青写真共)のとおり防音設備をなすのを適当とする。

二、次に原告等は武雄温泉郷を利用し、休養することを主目的として特に閑静な同市郊外に本件家屋を入手したのであるが、昭和二十八年八月頃被告工場の建設及び操業開始以来その防音施設の不備のため、日常の事務のみならず、保健上必要とされる最少限の睡眠さえ摂ることも出来ぬ有様で、殊に原告ウタの如きは睡眠剤を常用し、その副作用のため著るしく健康を害し、神経衰弱症状を呈し、日夜不愉快な生活を余儀なくされており原告梅太郎またこれと同様の状態で計り知れない精神的苦痛を蒙つているので、被告は原告等に対し、相当の慰藉料を支払うべき義務がある。而して右諸般の事情を斟酌すると、その慰藉料額は原告等に対し各金二十一万円を以て相当とするので、被告に対しその支払を求める。

三、次に被告所有の前記製氷工場の建物は民法上の制限を無視して原告ウタ所有の右居宅敷地との境界線より一尺二、三寸の距離を有するのみで、且つ右居宅に面した製氷工場西側屋根元に雨樋を架設していないため、降雨の際は雨水が直接原告等居宅並びに同宅地上に注瀉し、上記居宅の柱壁及び窓に飛散して、将来右宅地並びに地上建物の占有を妨害する虞れがあるから、これが予防のため、別紙仕様書二、(附属青写真共)のとおり、雨樋の設置を求めると述べ、

立証として甲第一号証の一、二第二乃至第五号証を提出し、証人福島秀己、永岩於登松、古沢伝の各証言、鑑定人稲富幸夫、古沢伝、猿田南海雄の各鑑定並びに検証(一、二回)の結果及び原告等本人の各供述を援用し、乙第一号証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として

請求原因冐頭の事実は認める、同第一項事実中被告が昭和二十八年八月頃、原告ウタ所有家屋敷地の隣接地に、製氷工場を設置しその頃操業を開始したこと、そのため右工場機械の騒音が原告等住家に伝播していることは認めるが、その余は否認する、同第二、第三項の事実は否認する。被告の製氷工場の操業により原告等主張の如く騒音を発散して、その日常事務及び夜間の安眠に対し、社会通念上忍容すべき程度を超える障害を与えている事実は存しない。即ち、製氷機械の主要部分であるアンモニアーコンデンサー、他諸機械の発散する騒音は盛夏時全力運転の時においても、原告等居宅においては昼間五十ホーン、夜間四十ホーン程度に過ず、これらの音量は騒音防止条例を有する他府県ではその制限対象外のものである。況んや、被告は前記場所に工場を設置するについて、当局の現地調査をうけ、その際製氷機械及びアンモニア冷却用水の落下による騒音度等、設計仕様書全般に亘つて点検を受け、且つ設置場所も適当であるとして、その認可を得ている次第で、これによつてみるも被告の右工場から発する騒音が原告等の家屋に対する所有権又は占有を妨害しているとは到底考えられないと述べ、

立証として、乙第一号証を提出し、証人池上辰雄の証言、鑑定人大津祐一の鑑定の結果及び被告会社代表者本人の供述を援用し、甲号各証は全部その成立を認め、鑑定人土橋正太郎の鑑定結果を利益に援用した。

理由

原告ウタが昭和二十六年十一月頃、武雄市武雄町大字武雄五、五七八番地の六所在、木造瓦葺居宅、建坪十九坪の所有権を取得し、爾来その夫原告梅太郎と共にこれに居住していること、被告が昭和二十八年八月頃、原告ウタ所有の前記家屋敷地の東側に隣接する同所五、五七八番地の八地上に製氷工場を建設してその頃操業を開始し、現在に至つていること、右操業の開始及びその継続により同工場機械の音響が原告等居宅に絶えず伝播していることはいずれも当事者間に争がない。

一、そこで先ず原告等の防音施設設置請求の当否について検討しよう。

成立に争のない甲第五号証、乙第一号証、証人福島秀己、永岩於登松、古沢伝の各証言、鑑定人稲富幸夫、大津祐一、猿田南海雄の各鑑定並びに検証(一、二回)の結果及び被告会社代表者本人の供述、原告等本人の各供述の一部を綜合すれば、被告製氷工場の製氷用機械(電動機、二馬力、三馬力及び三十馬力各一基、冷却水ポンプ、アンモニアーコンデンサー等)を装置した建物は前記五、五七八番地の八地上、西寄りに建設され、右建物から原告等居宅までは二十尺を距てない程に近接しているのであるが、昭和二十八年八月右工場の操業を開始した当時においては右機械室内の電動機、冷却水ポンプ並びに同室北側空地に設置された縦型アンモニアーコンデンサー(第二回検証調書添附写真(一)参照)同室西側外壁に取付けられた横型アンモニアーコンデンサー(同(六)、(七)、(九)参照)の発する騒音の程度は相当に大きく、その頃同工場西隣に居住する原告等及び近隣者は所轄杵島地方事務所長に対し、被告との間に防音設備設置の斡旋を依頼し、その結果同事務所長は被告に対し適当な防音施設をなすよう求めたこともあつた程である。そして昭和三十年八月三日午後三時における音量測定(音響の耳における感覚上の大きさでホーンを以て表示される)の結果は原告等居宅八畳(客間兼原告等の寝室)及び南側廊下において、戸を開放した場合、それぞれ最高七十六ホーン、最低七十二ホーン、平均七十四ホーン、及び最高七十七ホーン、最低七十三ホーン、平均七十四ホーン、戸締した場合右八畳間において最高七十五ホーン、最低七十ホーン、平均七十二ホーンであり、右八畳間における夜間の騒音度は、戸を開放した場合最高七十六ホーン、最低七十二ホーン、平均七十三ホーン、戸締した場合、最高六十六ホーン、最低六十一ホーン、平均六十二ホーンに達する音量が、ホーン、メーター器に計量された。而して被告は前記のとおり所轄地方事務所長の斡旋及び原告等の苦情申入を受けたので、特に騒音が隣地に伝播するのを防止することを考慮の上、本訴係属後間もない昭和三十年九月中前記製永機械室北側の空地を距てて建設してあつた貯氷庫南端からその西側原告等居宅に面して応接室、物置等を増設し、その増設部分中、原告等居宅に面した西側壁面を、全部テツクスを以て張り、前記横型アンモニアーコンデンサー上部の製氷機械室の窓を密閉する等極力防音を図つた結果、製氷機を最高能力を以て運転した場合において、昭和三十一年四月二十一日午前十時から午後二時における原告等居宅八畳間及び南側廊下における騒音度は、戸を開放した場合それぞれ平均五十ホーン及び同六十ホーン、戸締した場合それぞれ平均四十七ホーン、及び同五十九ホーンに著るしく下降しており、更に右音量測定直後、被告は、前記横型アンモニアーコンデンサーの取入パイプ及び縦型アンモンニアーコンデンサー、冷却用水パイプ(前記写真(七)参照)に布片を詰め、或は藁縄を巻き、パイプの右部分並びに冷却装置全体の振動及び騒音発散防止の措置を講じたため、同月二十四日午後一時から午後四時における前記両所の騒音度は戸を開放した場合それぞれ最高四十六ホーン、最低四十四ホーン平均四十五ホーン及び最高四十九ホーン、最低四十七ホーン、平均四十八ホーン、戸締した場合それぞれ最高四十三ホーン、最低四十ホーン、平均四十二ホーン及び最高四十七ホーン、最低四十五ホーン、平均四十六ホーンと更に一段弱くなつている。

そこで本件の如き音響の伝播によつて、原告等がその住居所有権又は占有を妨害せられたか否かについて検討しよう。

ところで隣地の機械音から伝播する音響についても、それが通常の日常生活から発生する通常の音響である限り、音源の隣地居住者は社会協同生活上これを受忍すべき義務を有することは自明とするところである。たゞその受忍義務の程度、逆に占有等を妨害するに到る音響の程度はその基準が必ずしも明確でなく、殊に前顕鑑定人猿田南海雄の鑑定の結果によると、被害者の主観的状態からみればいかに徴少な音響であつても又いかに快い音楽であつても、騒音になるのであつて、騒音には限界が存しない。即ち科学的実験によれば凡そ八十ホーンをこえると人の聴器官に障害を与えることが認められているが、他方血圧、消化液分泌等自律神経系統に対しては極く小さい音響であつても無影響ではありえないことが認められるのである。しかしながら単に主観的事情のみによつて妨害の有無を判断すべきでない。そこで前掲各証拠に基き、社会生活上受忍すべき音響の大きさの基準についてみると厚生省においては昭和三十年頃、生活環境汚染防止基準法なる名称の下に騒音取締の限度となる一般的基準を考案して、その取締対策を練つたがそれによれば同基準は住宅地域において、昼間六十ホーン、夜間四十五ホーン程度を一応の限度としていること、福岡県騒音防止条例によれば福岡市、小倉市等同県内主要都市の第三種地域(住居地域、緑地地域等)の昼夜間における音量の取締限界をそれぞれ五十ホーン及び四十五ホーン、地域指定のない市町村の音量の基準は別に知事が定めるものとし、特に夜間においては近隣家屋内における睡眠を妨げない程度のものとすることを規定していること、而して武雄市においては右のような市街地、住居地等の地域種の区別がないことは十分考慮に値するが、一般的にいつて右認定の騒音の社会的限界即ち住宅を主体とする地域において凡そ昼間六十ホーン、夜間四十五ホーン程度を本件の場合においてもその基準として採用して差支えないであろう。尤も同条例では音響測定地点を音源周辺の建物の隣地との境界線上としており、原告等はこれを援用して本件においても製氷機械室(音源)の建物外部の境界線上の音響を五十ホーンとすることを主張するので、一言すると、成程宅地自体の所有権又はその占有は隣地との境界線迄及ぶので、右境界線上における音量を基準として所有権又は占有の妨害の有無を判断するのが理論上正当のようにみえるが、隣地居住者が音響によつて日常生活を妨げられるか否かの問題は日常生活の中心場所たる家屋内での生活従つて家屋の完全なる支配を妨げられるか否かの問題と解するのを相当とするから現に居住する家屋内部において実際的に測定するのを相当と考えるので右主張は採用できない。又鑑定人土橋正太郎、古沢伝の鑑定書中には住宅地における許容騒音度は三十デシベル(三十二ホーンに換算される)と言われるとの記載がみえるが、証人古沢伝の証言によれば三十デシベル程度の音量であれば、全く不愉快を感じないというのであつて、社会生活上の忍容義務を考慮して出された基準ではないと認められるので、これを採用することはできない。

さて、前記認定の騒音の社会的限界によつてみると、昭和三十年八月三日昼間における原告等住居における音量は明らかに、この限度を超えており、原告等の住居の平穏を妨害していると認められる。しかしながら同年九月中前記増築及び防音施設をなして後の音量は右基準内の騒音に止まつているのであり(尤も昭和三十一年四月二十一日昼間の原告等住居南側三帖間における音量は戸を開放した場合平均六十一ホーン、戸締した場合同六十ホーンを示し、若干右基準をこえているようであるが、右認定の基準は凡その基準であるからこの場合若干右基準を超えたことを以て前記所有権又は占有の侵害と見ることは当らないし同月二十四日昼間の音量は右基準内に止まつていることが認められる)叙上の事実に第二回検証によつて、当裁判所が感得した騒音の度合を綜合すれば、本件口頭弁論終結当時における被告製氷工場機械から発する音響は、原告等において未だ社会生活上忍容すべき程度を超えているものと認めることはできない。

されば原告等が被告に対し、請求の趣旨記載のような防音装置の設置を求める部分は理由がないから棄却を免れない。

二、次に原告等の慰藉料請求の当否について判断する。

前記一、において認定したところに原告等本人の各供述を併せ考えると、原告等は昭和二十八年八月頃以来昭和三十年九月に至る凡そ二年間、被告がその製氷工場を建設するに当り、同工場及び工場内備付の製氷用機械に対し十分な防音設備を施さなかつたため昼夜連続、社会生活上受忍すべき限度を超える騒音の侵入により平穏な日常起居を害され、且つ夜間必要な睡眠を摂ることも妨げられ、原告ウタ(当五十五才)の如きはその頃睡眠剤を常用し、その副作用のため著しく健康を害し神経衰弱症状を呈し、原告梅太郎(当六十一才)また血圧の上昇等の状態に陥つた。而して原告梅太郎は福岡県田川市及び長崎県北松浦郡佐々町に炭礦を経営していたので、両事業場の中間に在つて特に閑静にして且つ温泉療養の可能な恰好の場所として前記住宅を入手したものであるが、その意義は以上の妨害により前記期間中著るしく害われ、ために原告等は精神上苦痛を蒙つたことが認められる。而して被告会社代表者本人の供述によれば被告会社の資本金は七百万円であり、その製氷能力日産五噸、工員四名を使用していることが認められるが、これを叙上認定の諸般の事情を考量し、その慰藉料額は原告等に対し各五万円を相当とする。

三、次に雨樋設置請求の当否について判断しよう。

鑑定人古沢伝の鑑定及び検証(二回)の各結果によれば、被告は昭和三十年九月中、先に認定したとおり貯氷庫建物の部分を増改築し、一部二階建式の建物にしたのであるが、二階屋根及び一階西側屋根はいずれも原告等居宅に面して傾斜しているに拘らず、雨樋の設備を存しない。そして一階応接室及び工具置場の各部屋附近は、原告等居宅と三尺乃至六尺を距てるのみで且つ最も近接している原告等居宅南三畳南側の敷地は被告工場敷地より一段と低くなつているので、降雨の夥しい場合においては原告等居宅の屋根及び右三畳並びにその北隣三畳の間の外壁に散水し或は原告居宅敷地内に流下して、これら敷地並びに地上建物に対する原告ウタの占有を妨害する虞れがあるものと認められる。されば被告は原告ウタに対し右占有の妨害を予防するため相当の設備を施工する義務がある。

而して前掲鑑定の結果によれば、妨害予防のために別紙仕様書(二)、及び同附属青写真に図示したとおり雨樋を架設し該屋根面の雨水を誘導し、排水桝及び排水土管により、外地に排水する設備を施工するのを適当とすることが認められる。よつて原告ウタが被告に対し、右のとおりの排水施設の設置を求める本訴請求部分は正当として認容する。

以上の次第であるから訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条、第九十三条各本文、第八十九条を適用し仮執行の宣言はこれを附さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 原田一隆 田中武一 三枝信義)

仕様書(一)(防音装置)

表〈省略〉

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